プエルトモンの街を歩く

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1997年12月28日(日)

今日は、プエルトモンに移動する日である。空港までのバスを出している代理店へ行くと、ペンギンツアーで知り合ったアメリカ人女性と出会った。

彼女はマイアミに住んでいて、一人で3週間、チリだけを回っている。日本からわざわざ来た旅行者からみると3週間もあるのになんてもったいないと思う。しかも、イースター島へは行かないのだという。

そういうふうに言うと、「また、何度でも来るから。マイアミからは安い飛行機がいっぱいあるし」という答えが返ってきた。想像するに、アメリカ人にとっては南アメリカは日本人が東南アジアへ何度でも出かけていくのと同じような感覚なのかもしれない。一回の旅行でひとつの国、他の国はまた今度というわけか。

どういうわけか日本の景気が悪いという話になり、「円が弱くて大変ねとか、失業率はどれくらい?」とかいう話をした。失業率は3%か4%くらいというと、「まあ、低いのね」ということだった。また、「景気がよくなるといいわね」なんていうので、「すでに我々はピークを通り過ぎたのだと思う」と答えたら、大笑いしていた。「みんな働く以外のことを考え始めたのね」だって。

* * * *

プエルトモンでは、Hotel Colina というちょっといいホテルに滞在した。町の中心に近いところにある中級ホテルで、一泊17000ペソ(朝食付き)。日本のビジネスホテル風の作りで、なんと部屋にテレビがある。

プンタアレーナスからやってくるとプエルトモンはりっぱな都会である。海に面したメインストリートは車がいっぱい走っていて、バスもひっきりなしにやってくる。ホテルの近くに3階建てのショッピングセンターがあり、2階のカフェではうまいコーヒーが飲めるし、3階はフードコートになっていてジャンクフードが食べられる。それだけのことでなんだか感動してしまった。


1997年12月29日(月)

プエルトモンでは、オソルノ山の近くへ行くツアーに参加して、あとはチロエ島へ行ってみる予定だ。

申し込んだツアーは、まずプエルトヴァラスというリゾート地へ行き、さらに右にカルブッコ山、左手にオソルノ山をみながらペトロウエ滝を目指す。そして、ペトロウエというところからロストドスサントスという湖を遊覧船に乗って渡り、対岸のペウリャという所でお昼を食べて帰ってくるというもの。ツアー16000ペソにオプションのランチ代5800ペソをつけた。ランチは内容からするとちと高かったような気がする。が、そもそも高そうなレストランばかりだったから自分で払っても変わらないかも。

ツアーの申し込みも済んで例によって今日はひまになった。お昼を食べにアンヘルモへ行くことにする。アンヘルモは町からちょっとはずれたところの港町で、プエルトモンへ来たからにはここのシーフードを食べないで帰ってはいけないと言われている。町からどれくらいの距離かわからないのでバスに乗る。

大通りに立ってみていると、アンヘルモと書かれたバスはたくさんやってくる。アンヘルモへ行くバスは数が多く見分け方も簡単でなんの心配も要らないことがわかった。降りる場所がわからないのだが、しばらく走っているとアンヘルモという名前が現れ両側におみやげやさんが立ち並ぶ。やがて、レストランが並んだところに来たのでバスを降りた。

さて、どこで食事をしようか。バスを降りたあたりにはレストランが並んでいる。もう少し先の方を見ると二階建ての木造の長屋みたいなのがあって、そこに食堂が入っている感じだ。とりあえず様子をみてこよう。

長屋には食堂があって、近くまでいって覗くと声をかけてくる。どこも同じような感じでどこに入ってよいのかわからない。ふと見るとさらに奥の方には市場らしきものがあるではないか。よしよし、あっちへ行ってみよう。

そこはまさに市場で、その中にしょぼい食堂が何軒か入っているのだが、客引きがうるさいうるさい。なんだか、サンチアゴの中央市場よりうるさいかもしれない。どの店もクラントという名物の煮込み料理を店先の大鍋で作っていて鍋の蓋をあけて中を見せてくれる。また、貝類が並べてあって「ウニ、ウニ」と呼び込みがうるさい。またしてもどこに入ればいいのか迷ってしまう。どこの店も同じようなものなので、あっちの店、こっちの店とあまりうろうろしていると、なんでよその店でなくてその店に決めたのかという申し訳がたたないよなあ、などと妙なことを考えてしまい、思い切って適当な店に入った。これだから、優柔不断は困る。

クラントとウニを頼んだ。まずウニが出てくる。スープ皿に10個くらい入って1000ペソ。サンチアゴの中央市場では3000ペソ?4000ペソしていた。レモンを絞って玉ねぎのみじん切りをかけて食べる。

なんだかいやに淡白で水っぽい味がする。ウニらしい舌触りはない。まあおいしいといえばおいしいがそんなにおおはしゃぎするほどのものではないと思った。

クラントの方は大きな皿に山盛りになってでてきてちょっとびっくりした。あまりの量の多さにこれは大変なことになってしまったと、びびる。内容は、大きなジャガイモがごろんごろんと2、3個と長さ5cmくらいのムール貝みたいな長細い貝が15個くらい。それに柔らかく煮た豚の塊がほんの少しとソーセージ。

これはきっと食べきれまいと一緒に出されたパンには手を出さないようにしたのだが、食べてみるとなんとか胃に収まったので一安心。ちなみに私はどちらかといえば小食なほうである。量は多かったが味はというと感激するほどうまくない。なんだかはずれたかなあと思いながら店をあとにした。

店を出てしばらく歩いたところで日本人の若者に会った。市場の中の食堂がよくなかった話をすると、「でしょ。僕も最初は市場の中で食べたんですけど、さっき食べたこっちの食堂の方がおいしいですよ」と、食堂が集まった長屋を指す。結局、食堂長屋と、それに道路沿いのレストランにも行ってみると、おいしい順に、道路沿いのレストラン>食堂長屋>市場の中の大衆食堂となるような気がする。そして、値段もこの順になるような気がする。

この若者は船でプエルトナタレスまで行くのだそうだ。Navimagという会社が運航するこの船は大変混み合っていてなかなかチケットが取れないらしい。どうやって取ったのか聞くと、プーコンというリゾート地で知り合ったペンションを経営するドイツ人がインターネットで取ってくれたのだそうだ。どうしてもチケットが取れなくてあきらめていたところなので助かったということで、なんだかよくわからないがそういう販売ルートもあるらしい。

プーコンは簡単に言うと新興リゾート地でトレッキングだのラフティングだののアクティビティが充実したところであるようだ。歩き方には載っていないがLonely Planet には載っていた。彼は出会った旅行者に薦められて行ってみたらしく、欧米人の間では評判がいいようだ。話を聞いた限りでは「お金をかけていろいろな遊びをする場所」という感じなので、日本人がはるか彼方のチリという国に求めるものとは違うのだろう。日本人にとってはパタゴニアとイースター島とアタカマ砂漠が重要なのではないだろうか。

すぐに船に乗る彼と別れてホテルへ戻ることにした。思ったより近いので帰りは歩くことにした。