いよいよマチュピチュへ - 12月15日(月)

Last edited on 2014/02/20 - 20:27

今日はいよいよマチュピチュだ。ガイドなしツアーといっても手元にはいくつかのチケットがあるだけなので自分で行って帰ってくるツアー?だ。駅まで送迎があるわけでもなし。

朝6時のアウトバゴン(autovagon)(ディーゼルカー?)に乗るために、5時に起きてタクシーを拾う。花田氏曰く「5時でもタクシーはばんばん走ってますから大丈夫ですよ」とのことだが、ばんばん走ってるという程ではないにしろ割と簡単に捕まえることができた。

なにしろ駅まではほんの数ブロックなのであっという間だ。が、雰囲気もがらりと変わり、ただならぬ様子。花田氏によれば「駅には門があってガードがついていて、チケットを見せれば中に入れてくれるから」とのことで、とにかく恐ろしいところだと思っていたので、ダッシュで駅へ入る。......入ろうと思ったんだけど、なぜか人の列が門の外にはみでている。げげ、まさかこの危険な駅の外に観光客づらしてぼそっとたたずんで居なきゃいけないんだろうかと、一瞬思ったがそんなのはいやなので無理矢理中に入る。見ると列は切符を買う人の列だった。ほっ。

時間はまだ30分以上前で、列車の中に入ることもできなかった。

6時に列車は出発した。驚くほど空いていて半分くらいしか乗っていなかった。なにこれ。

マチュピチュの海抜は2200mくらい。クスコは3400m近いから行きは下っていくことになる。ところが、クスコの町というのはすり鉢状の地形の底にあり、そこから出ていくためにはすり鉢の淵まではいったん急な坂を登らなければならない。そこをアウトバゴンはスイッチバックしながらえっちらおっちら登っていく。だんだん高くなるに連れて、早朝の霞がかったクスコの町の幻想的な全景が現れた。ちなみにこの時期だと、行きはすでに夜が明けており帰りは着くまで日が暮れない。

すり鉢の縁まで登るとそこからはどんどん下っていく。帰りに登るためなのかつづらおりになっていて列車のくせにヘアピンカーブがあったりする。そうこうしているうちに高原地帯に入りそのあたりはなだらかでまっすぐな線路をぐんぐん走る。オリャイタイタンボの駅から先は、峡谷地帯になり川沿いに走る。触れそうなくらい近くに岸壁があり、このあたりは黒部峡谷のトロッコ列車に似ているかもしれない。というふうにどんどん景色が変わるので退屈せずに3時間20分を過ごすことができた。

各車両には、どう見ても容姿で選ばれているとしか思えないおねーさんが二人いて、乗客にサンドイッチと飲みものをサービスする。また、マチュピチュ紹介ビデオがずっと流れていて、もちろん現物を持って売りに来る。日本語版もある。

マチュピチュのふもとの駅に着くと小型のバスが待っておりそれに乗り換えてマチュピチュの入口まで一気に登る。マチュピチュの入口の所にはホテルがあり、たいていの人はそこのカフェテリアで高い昼食をとることになっている。この場所からはまだマチュピチュは影も形も見えないというところがミソで、わくわくと期待に胸をふくらませて、はやる心を押えつつ、ちょっと一休みして、「ほうほうあそこが駅か、ちっちぇー」なんて言いながら周りの景色なぞを眺めたりする。「さて、そろそろ行くか」なんていってマチュピチュ入口のゲートをくぐった。

1997/12/15 - 00:00 - お約束の写真。みんなこの構図で写真を撮る。
cMachu Pichu

マチュピチュ

おおっ、マチュピチュだぁー。海抜もハイなら気持ちもハイになってしまって、ワクワク状態である。どういうわけだか、あの景色はもう、「感動ぉぅぅぅぅぅぅぅぅっ」(;_;) なのである。鮮やかな緑が強烈な日の光の中で映えている。写真なんかよりずっとはっきりくっきり目に迫ってきて、ああ、来て良かったという思いでいっぱいだ。

来てみなければわからないことというのもあって、マチュピチュがあんなとんでもない所にあるとは思わなかった。ほんとに山奥も山奥であたりにはなーんにもなくて、ただただ険しい山々が連なっているだけ。なんでこんなとこにこんなものがあるのって感じ。

マチュピチュはとても静かなところで、今は風も無く、しーんと静まり返っている。岩に腰かけて全景をぼーっと見つめれば心も静まり、時間を越えてインカの時代にタイムスリップし、さまざまな思いをめぐらすことができる。あるアメリカ人がスピリチュアルな感じがするなんて言っていたが、人によっては何かを感じてイッちゃうのかもしれない。私は凡人なのでそういう神秘体験をするはずもなく、ガイドブック片手にへぇーとか言って感心するくらいなものなのだけれど。

やはり何か感じちゃうんだろうか。フルートを吹いているみすぼらしい旅行者がいた。それもかなり上手なようで、即興でピロピロやるのだがあたりにとてもよく響いて、なんだか気持ち良さそうだった。マチュピチュに限らず遺跡でなにか楽器を鳴らすというのは気持ちがいいかもしれない。

ところで、マチュピチュという所は、結構危険なところでもある。急な斜面に作られた都市の遺跡だから、一歩足を踏み外すと20mくらい下へ転落なんていうところがここそこにあり、へたにトリップしちゃったりすると危なっくてしょうがない所なのだ。案の定、単なる不注意なのかしらないが、タンカで運ばれた人がいた。左足を固定していたが折れちゃったのだろうか。

帰りのアウトバゴンは3時発なので2時には駅へ降りるバスへ乗るようにとのこと。1時ころマチュピチュを後にして、入口のホテルの所でお昼にする。といってもカフェテリアを横目に、倹約旅行者らしく自前のお昼だ。適当なおかずが見つからなかったので、缶詰のソーセージとパンとジャムとジュースだけ。

一日ツアーだと見学の時間が少ないという意見もあるようだが、そんなことはないと思った。ちなみにワイナピチュへは道が閉鎖されていて登れなかった。

帰りのバスでは、お約束のグッバイボーイが登場。カーブごとに現れて「ぐっば?い」と叫ぶ。そしてバスより早く次のカーブに駆け降りてまた「ぐっばーい」とやるわけ。そして最後はなぜかバスに乗り込んできて「ぐっば?い」。と、これには観光客たちも苦笑い。チップをやるしかないではないか。そんなことガイドブックには書いてなかったぞ。どういうわけか私はパスされたのでそのすきにさささっとバスを降りる。

帰りのアウトバゴンはひたすらクスコへ向かってひたはしる。観光客もぐったりとして寝ている人が多い。私の向かい側には二人組の白人女性が座った。どこの言葉だかわからない言葉を喋っていた。ヨーロッパのどこかなのだろう。とにかくいろいろな国からいろいろな旅人が来ているようだった。

クスコに到着するとほとんどの観光客には車のお迎えが来ているようだった。ツアーもいろいろあるのだ。お迎えの来ていない私は自力で帰らなければならなかった。とりあえず駅の外に出なければならない。タクシーがいますように。外には数台のタクシーが並んでいて簡単にゲットすることができた。

ところが、駅の前の道はかなり混んでいてちっとも動かない。おかげで危険といわれる地域を車の中から観察することができた。あたり一帯はただならぬ雰囲気でどう考えても旅行者は場違いである。思うに明るさが欠けているのだ。
笑い声がしない。

やっとのことで渋滞を抜け出し、アルマス広場にたどり着くことができた。ちょうど日が暮れようとする頃で、まだ夕食には早い時間だった。

クスコからマチュピチュへの列車は観光向けにかなり整備されて値段もぐんと上がったようだ。

Cusco (Poroy) - Machu Picchu (Vistadome)

私が乗った列車は上記だが、往復 $142 にもなっている。他に交通手段が無いしね。これにマチュピチュの入場料がプラスされるので、1997年当時の $85 というのは今から見ると安かったなあ。